世界のエリートはみなヤギを飼っていた【第3回】「八木劉禅」 田中真知×中田考コラボ小説
「世界のエリートはみなヤギを飼っていた」田中真知×中田考によるウイズコロナ小説【第3回】
翌日、レイが登校すると、クラスが騒然としていた。
「どうしたの?」レイが同級生に聞いた。
「リュウが高校生に殴られたんだって」
「えっ?」レイはドキッとした。
「それでどうなったの?」
「入院したんだって」
「まじ?」
学校の帰りに公園で高校生にからまれたらしいということだった。
高校生の不良グループが中学生から金品をまきあげる事件はたまに起きていた。だが、怪我をするほど殴られるのは初めてだった。
ーーリュウのことだから挑発でもしたのね。
レイは心のなかでつぶやいた。それでも昨日「入院して頭冷やしてくれば」と口にした手前、ちょっと気の毒な気もした。
放課後、レイは、リュウが入院している病院に寄った。
リュウは頭に包帯を巻いて、六人部屋の奥のベッドに寝て、マンガを読んでいた。
「元気そうね」
「おう、レイじゃん」
「本当に入院したのね」
「たいしたことないんだけどさ。検査があるっていうんで、一日だけ入院することになった」
「殴られたんだって?」
「ああ」
「なにがあったの?」
「ひつじ公園でさ、じいさんが高校生たちに小突かれていたんだ。そこに通りかかった」
「おじいさんを助けようとしたの?」
「……いや。通り過ぎようとしたんだけど、呼び止められて……」
「なんかよけいなこといったんでしょ?」
リュウが思ったことを口に出さずにいられないのを、レイは知っていた。
「そんなことないさ。ていうか、覚えていない……」
「で、どこ怪我したの?」
「怪我? 頭と、あと腕を折られた」
「腕折られてたらマンガ読めないでしょ」
「あっ……」
「来て損した。もう帰るね」
帰ろうとしたとき、ベッドの枠にかけられた患者名のプレートがレイの目にとまった。
「八木劉禅」とある。
「やぎ、りゅうぜん? リュウ、本名は劉禅ていうの?」
リュウは知らんぷりして窓の外を見ている。
「へー」
いつもなら、へらず口を叩くリュウが黙っているところを見ると、きっとこの名前になにかわだかまりがあるのだろう。
劉禅という名前は聞き覚えがあった。
小学生のときから『三国志』が愛読書だったレイには、それが『三国志』の英傑である劉備の息子の名だとすぐ気づいた。
しかし、なぜリュウはそんな名前をつけられたのか?
それも、人気のある父の劉備ではなく、なぜ一般的に小人物とか無能よばわりされている息子の劉禅なのか。
少し気になったものの、由来は聞かなかった。
三年になってクラスが別々になるとリュウとは話をすることもなくなった。
そのうちリュウが引っ越したという噂を聞いたが、レイはなんとも思わなかった。
それきりレイの記憶からリュウのことはすっかり消えていた。
その後も『三国志』を読み返すとき劉禅の名を目にすることはあったが、もともと興味のないキャラだったし、リュウを思い出すこともなかった。
おそらく、つつがない人生を送っていたならばリュウのことなど一生思い出すこともなかったはずだ。
ところが、いま免許証に記された八木劉禅という名を目にしたとたん、中学時代の記憶があわただしくよみがえり、なにか不穏な予感が胸にざわざわ広がるのをレイは感じていた。
(第4回へ、つづく…)
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第1章 あなたが不幸なのはバカだから
承認欲求という病
生きているとは、すでに承認されていること
信仰があると承認欲求はいらなくなる
ツイッターでの議論は無意味
教育するとバカになる
学校は洗脳機関
バカとは、自分をヘビだと勘ちがいしたミミズ
答えなんかない
あなたが不幸なのはバカだから
「テロは良くない」がなぜダメな議論なのか
みんなちがって、みんなダメ
「気づき」は救済とは関係ない
賢さの三つの条件
神がいなければ「すべきこと」など存在しない
勤勉に働けばなんとかなる?
第2章 自由という名の奴隷
トランプ現象の意味
世界が「平等化」する?
努力しないと「平等」になれない
「滅んでもかまわない」と「滅ぼしてしまえ」はちがう
自由とは「奴隷でない」ということ
西洋とイスラーム世界の奴隷制のちがい
神の奴隷、人の奴隷
サウジアラビアの元奴隷はどこへ?
人間の機械化こそが奴隷化
人間による人間への強制こそが問題
第3章 宗教は死ぬための技法
老人は迷惑
老人から権力を奪え
老人は置かれ場所で枯れなさい
社会保障はいらない
宗教は死ぬための技法
自分に価値がない地点に降りていくのが宗教
もらうより、あげるほうが楽しい
お金をあげても助けにはならない
「働かざる者、食うべからず」はイスラーム社会ではありえない
なぜ生活保護を受けない?
金がないと結婚できないは噓
結婚は制度設計
洗脳から逃れるのはむずかしい
幸せを手放せば幸せになれる
第4章 バカが幸せに生きるには
死なない灘高生
寅さんと「ONE PIECE」
あいさつすると人生が変わる?
視野の狭いリベラル
夢は叶わないとわかっているからいい
「すべきこと」をしているから生きられる
バカが幸せに生きるには
三年寝太郎のいる意味
バカと魯鈍とリベラリズム
教育とは役立つバカをつくること
例外が本質を表す
言葉の暴力なんてない
言論の自由には実体がない
バカがAIを作れば、バカなAIができる
差別と区別にちがいはない
あらゆる価値観は恣意的なもの
『キングダム』の時代が近づいている
人間に「生きる権利」などない
第5章 長いものに巻かれれば幸せになれる?
理想は「周りのマネをする」と「親分についていく」
自分より優れた人間を見つけるのが重要
身の程を知れ
長いものには巻かれろ
ほとんどの問題は、頭の中だけで解決できる
権威に逆らう人間は少数派であるべき
たい焼きを配ることで生まれる価値
大多数の人にコペルニクスは参考にならない
為政者が暗殺されるのはいい社会?
謙虚なダメと傲慢なダメはちがう
迫害されても隣の人のマネを貫き通す
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